【京都】関東一の剛の者・熊谷次郎直実が創建した「光明寺」の御朱印

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平成31年3月23日

京都府長岡京市の「光明寺」へ。

「光明寺」は、西山浄土宗の本山であり、建久9年(1198年)蓮生法師(熊谷次郎直実)により創建され、法然上人を開山とします。56,000㎡もの広い境内には洛西一の伽藍を誇り、主要な建物は廊で繋がれます。また、応仁・元亀・天正の兵火や、江戸時代の享保19年(1734年)の火災により度々焼失するも、復興してきたそう。

「総門」

天保16年(1845年)に建立されたそう。

「表参道」(女人坂)

道幅がとても広く、美しい石畳の参道が続きます♪

傾斜が緩やかで、女性でもお年寄りでも登りやすいことから「女人坂」とも呼ばれるそう。

まだまだ続きます!

「手水舎」

「観音堂」

元々の御本尊:十一面千手観音は京都国立博物館に寄託されており、現在は、長く無住となっている粟生観音寺の御本尊:十一面千手観音を安置します。

「鐘楼」

江戸時代前期の特徴がある大型の鐘楼です。

「阿弥陀堂」

寛政11年(1799年)に建立されたそう。

「法然上人立教開宗之像」

寿永3年(1184年)源平一の谷の合戦にて、関東一の剛の者と呼ばれた熊谷次郎直実は、源義経率いる奇襲部隊に所属し、平清盛の甥・敦盛(16歳)を討ち取ります。しかし、若武者を殺めた悔恨の念から武士を捨て、建久4年(1193年)法然上人の下で仏門に入り、修行ののち、建久9年(1198年)光明寺を建立したそう。

「柏槙」(びゃくしん)

樹齢4~500年とも言われ、高さ15m・根元の周囲4.6mの巨木で長岡京市の天然記念物に指定されています。

「御影堂」

建永2年(1207年)四国流罪となった法然上人が、弟子・湛空から形見を願われ、母からの手紙を水に浸して紙粘土のようにし、水面に映った肖像を自ら作られたとされる「張子の御影」が安置されます。

【御朱印】

御影堂内の授与所でいただきました。


<光明寺>

住所:京都府長岡京市粟生西条ノ内26-1

電話:075-955-0002

駐車場:数台あり(無料)

公式URL:http://www.komyo-ji.or.jp/


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