【京都】平家物語ゆかりのお寺「長樂寺」と「大蓮寺」「青龍寺」の御朱印【洛陽③】

洛陽三十三所観音巡礼③

前回の第3~6番札所に続き、第7~9番札所を紹介します。

第7番札所「長樂寺」

延暦24年(805年)桓武天皇の勅命により、伝教大師を開基として創建され、古来より洛中随一絶景の霊地として、今昔物語や山家集など有名な古典に数多く記されています。

また、「平家物語ゆかりのお寺」として知られ、壇ノ浦の戦いで敗れた建礼門院(平清盛の娘)が入水して助けられたのち、当寺にて御年29歳で出家したとされます。

「本堂」

御本尊:胝観世音菩薩を祀り、安産・子宝の仏として信仰されます。

「御詠歌」

【御朱印】

拝観受付でいただきました。

第8番札所「大蓮寺」

慶長5年(1600年)深誉上人により開山された、法然上人を宗祖とする浄土宗のお寺です。

明治時代に京都中を一日中走り回り、お寺の再建の勧進や安産のお札を宅配しつづけた「走り坊さん」で有名であり、足腰健常の御守もあるそう。

「花蓮」

境内には花蓮の鉢が40品種以上あり、6~8月にかけて咲き誇るそう。

「本堂」

慈覚大師作と伝わる御本尊:阿弥陀如来像を祀り、特に安産の御利益があるそう。

慈覚大師が晩年、比叡山念仏堂に籠り、阿弥陀如来像を彫っていると、夢の中で「京都の女人の厄難(お産の苦しみ)を救いたい」との阿弥陀如来のお告げがあり、山を下りて真如堂に像を安置すると、多くの京都の女性の信仰を集めたそう。

その後、応仁の乱で真如堂が荒廃し、行方知れずであった阿弥陀如来像とは知らずに、深誉上人大蓮寺を建立して安置するも、後に真如堂が復興し、幕府から返還を迫られたため、念仏を称え続けると、阿弥陀如来像が2体に分かれ大蓮寺真如堂で安置することになったと伝えられます。

【御朱印】

寺務所でいただきました。

第9番札所「青龍寺」

延暦年間(780年頃)桓武天皇の勅命により長岡宮近郊に創建され、平安遷都とともに現在地に移ったそう。

御本尊:聖観世音菩薩像は、桓武天皇の勅命により、唐より献上された香木伽羅伝教大師・最澄が彫刻したと伝えられ、「伽羅観音」とも呼ばれます。

【御朱印】

寺務所でいただきました。

(第10番札所「清水寺」【洛陽④】につづく)


洛陽三十三所観音巡礼(公式) http://www.rakuyo33.jp/index.shtml


第7番札所「長樂寺」 http://www.age.ne.jp/x/chouraku/

第8番札所「大蓮寺」 http://www.anzan-no-tera.jp/

第9番札所「青龍寺」


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