【和歌山】真田幸村が再起を誓った「善名称院(真田庵)」の御朱印と「真田ミュージアム」

平成28年12月10日

「遍照寺」から「真田庵」(和歌山県九度山町)へ向かっていると、

それらしき入口が・・・

ん・・・?

よく見ると、お隣のそば処「幸村庵」でしたw

気を取り直して、本当の「真田庵」へ到着。

「善名称院(真田庵)」は、江戸中期の寛保元年(1741年)に大安上人により創建されたそう。

真田昌幸・幸村は、慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いに敗れ、高野山に配流の後、この九度山の真田屋敷に蟄居生活となりました。

昌幸は慶長16年(1611年)に再起を願いながら、65歳の生涯を閉じたが、幸村は慶長19年(1614年)に子・大助ら一族と共に、この地を出て大阪城に入城して大阪冬の陣、夏の陣で奮戦するも、元和元年(1615年)に茶臼山付近で壮絶な最後を遂げたそう。

山門や瓦には真田の旗印「六文銭」が!

境内に入ると、カメヤマローソクのベンチを発見!

三重県人としては嬉しいです♪

「真田屋敷跡」

「おもかるさま」

この真田幸村公の像に合掌し、お願い事をしてから像を両手で持ち上げて、軽く感じたら願い事が叶うそう。

ちなみに15kgあり、結構重かった・・・

「真田地主大権現」

真田家の宝物・毘沙門天と真田家三代の御霊が合祀され、福徳を授ける運の神とされます。

「雷封じの井」

幸村公が真田屋敷に落ちた雷を取り押さえ、この井戸に封じたそう。

【御朱印】

御住職のお話では、今年は大河ドラマの影響がもの凄く、観光客のマナーの悪さに閉口したそう・・・

折角、お寺で心静かになれるのに、謙虚さを忘れずにいたいものですね。

次いで、「真田ミュージアム」へ。

九度山での真田昌幸・幸村・大助の真田三代の軌跡が、パネル展示と大河ドラマ風の映像により紹介されています。(入館料500円)

戦国BASARAともコラボ!

真田家の家紋「六文銭」は、亡くなった人を葬る時に、棺に入れる六枚の銭「六道銭」を表し、「三途の川の渡し賃」として知られます。

この旗印には、命を惜しまず戦う「不惜身命」の意味が込められているそう。

「真田昌幸」

「真田幸村」

「真田十勇士」

真田の歴史に思いを馳せながら、パネル展示もじっくり見ていると、結構楽しめました♪

九度山はそんなに広くない範囲に史跡が集中しており、今ならそんなに混雑しないのでオススメですよ♪


※善名称院(真田庵)

※真田ミュージアム  https://www.kudoyama-sanadamaru.jp/museum


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